【報告】小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン設立集会 講演録
2017年12月17日に東京・千代田区のアジア太平洋資料センター(PARC)で行われた、小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン(SFFNJ)の設立集会での講演内容をご紹介します。
講演者:関根佳恵(小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン 呼びかけ人代表、愛知学院大学)
今日は、小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン設立の経緯や主旨についてお話し、活動に賛同していただければと思い、呼びかけをさせていただきます。
今ちょうど、第72回国連総会がニューヨークで開かれています。11月に国連総会の経済・金融委員会で「家族農業の10年」を設置しようという議案が全会一致で可決しました。日本も賛成しています。今、国連の本会議に送られていて、最新のニュースによると、12月20日に国連総会で可決しそうだということです(※1)。
ここに至るまでの経緯をお話しします。2014年に国連が定めた「国際家族農業年」というものがありました。そして、これは大変重要な取り組みであることから、1年で終わらせるのではなく、10年間延長しようというキャンペーン「国際家族農業年+10(IYFF+10)」が2014年から展開されてきました。この運動は、国連食糧農業機関(FAO)や国際農業開発基金(IFAD)が後援し、国際NGOの世界農村フォーラム(WRF)が事務局となって進めています。
現在、世界45カ国で「国際家族農業年+10」の全国委員会が設けられています。全国委員会には、農業関係者はもちろん、国によっては行政や消費者団体なども入り、家族農業・小規模農業の重要性を議論する場が設けられています。また、全国委員会まではいかないのですが、キャンペーンサポーターという運動をサポートする組織を設けている国もあります。残念ながら日本にはこれまでずっとそうした組織がありませんでした。そこで2017年、仲間に呼びかけ、小規模・家族農業ネットワーク・ジャパン(SFFNJ:Small Family Farming Network Japan)を6月に立ち上げました。有志が呼びかけ人となり、現在1団体と約60名の個人が賛同してくださっています(※2)。
設立の経緯としては、2014年の国際家族農業年の1年前に、国連の食料世界保障委員会(CFS)の専門家ハイレベルパネルが出した報告書の執筆に、SFFNJ代表の関根が参加していました。報告書はインターネット上で7カ国語に翻訳されていて読むことができますが、日本語訳がなかったため、2014年に農文協から『家族農業が世界の未来を拓く』として全訳を出版しました。この報告書を作成したリーダーがフランスのピエール・マリー・ボスクさんという研究者で、彼と彼の仲間の研究者を日本に招き、2014年に国際シンポジウムを開いたり、衆議院議員会館で勉強会を開いたりしました。その時に集会に携わった仲間が今回呼びかけ人となり、SFFNJを立ち上げました。
2015年から2016年も国際ワークショップの開催などを通じて、家族農業に関する議論を深めてきました。2017年3月にボスクさんたちが再来日した際、「国際的には『家族農業の10年』を求める運動があります。日本でもそうした動きはないのですか?」と言われ、日本でも動きを作らなければならないと考え、SFFNJの設立に至りました。8月にホームページを開設し、10月頃から本格的に賛同者の呼びかけをスタートしたところです。こうして、日本も「国際家族農業年+10」のキャンペーンをサポートする国の一つに数えられるに至りました。
さて、小規模・家族農業といっても、みなさんそれぞれにイメージがあると思います。例えば、昔ながらの農業で、時代遅れなのではないか、あるいは地域によって多様である、効率が悪い、途上国の農業である、環境に優しい、グローバル化、温暖化、飢餓などに直面している、逆に柔軟で回復力が高い、コミュニティに根付いた存在である、封建的な体質があるのではないかなど、ポジティブ、ネガティブなものを含めて、色々なことが語られているのではないかと思います。
国連食糧農業機関(FAO)による小規模・家族農業の定義とは、「農業労働力の過半を家族労働力が占めている農林漁業」とされています。言い方を換えれば、家族農業とは、人的つながりによって成り立っている社会集団による農業であるということです。その対置概念とは、企業的な農業、つまり資本的なつながりによって結合した社会集団と言うことができます。
ただし、家族という形は現代においてはとても多様化しているため、必ずしも血縁関係を伴いません。養子縁組や事実婚もありますし、独身の個人経営も家族農業に準じて論じられています。
家族というと封建的なのではないか、家父長的なイメージ、男尊女卑、ジェンダーの問題があるのではないかと思われる方も多いでしょう。確かにこれには地域差がありますが、現在の日本でも存在する問題です。ただ、小規模・家族農業自体は、時代の流れの中で常に変化して進化していく存在です。ですから、より民主的な関係性の構築をめざす新しい小規模・家族農業が常に生まれていると理解するべきでしょう。
国の政策議論の中では、小規模・家族農業は非効率で儲からないと言われます。例えば、貿易を自由化した時に、大規模化・効率化しないと日本の農業は立ち行かないという言われ方がよくされます。それでは、近代的農業は先進的で効率的で儲かるのでしょうか。実は、規模を拡大しても、機械化や化学農薬・化学肥料の多用による農業が目指されてきた中で、そうした農業のあり方の負の側面も明らかになってきています。例えば環境問題や枯渇性資源への依存、水資源の枯渇や食の安全性、気候変動に対応していく農業の技術を体現していない、市場の自由化に伴って食料主権が脆弱化しているといった問題です。そうした矛盾は、2007年〜2008年の世界食糧危機によって広く認識されるようになりました。
このように考えると、小規模・家族農業とは、時代遅れの存在ではなく、「持続可能な農業」という、今最も社会に要請されている農業のあり方をめざすうえで一番効率的なのではないかと言うことができます。FAOの事務局長は2014年に「家族農業以外に持続可能な食料生産のパラダイムに近い存在はない」「国や地域の開発において、家族農業を中心とした計画を実行する必要がある」と言っています。
小規模・家族農業の実態を統計で見てみましょう。世界の農家の73%以上が経営規模1ha未満、2ha未満が85%を占めています。世界の地域的多様性を見てみると、南北アメリカやオセアニアの農業が必ずしも普遍的な存在ではなく、土地の構造も違えば、作物や農法も異なることから、多様な農業の姿があることが分かります。
日本では、1ha未満が54%、2ha未満が78%となっています。家族経営体という統計概念もあり、これによれば家族農業は98%を占めています。ただし、98%の中身をもう少し具体的に知る必要があり、統計データの強化や活用、それによる政策立案が必要になっています。
小規模・家族農業の特徴は、日本では兼業農家と言いますが、農業以外の仕事をしている「多就業」の経営が世界的に見ても大変多くなっています。また、生産単位であると同時に家計消費を行う単位でもあるという特徴があります。さらに、世界的にみれば過半数は女性が経営しています。そして、コミュニティの中で社会的なネットワークを形成している点は企業的農業との大きな違いとなっています。また、環境さえあれば、政策決定において大変重要な発言をすることができる存在でもあります。
小規模・家族農業の役割としては、世界の農家の約9割を占め、食料の約8割を生産しています。ですから、世界全体の飢餓や食料安全保障、食料主権の問題を語るときに抜きには語れない存在です。貧困、飢餓の撲滅にも貢献する能力を持っています。また日本では「農業の多面的機能」と呼ばれることが多いのですが、食料生産以外にも多くの機能を有しています。例えば環境保全、生物多様性の維持、地域経済の活性化、農村部の雇用創出に貢献するなど、多様な機能を果たしています。その中でも特に、農村部の雇用創出はEUのポスト2020の共通農業政策(CAP)改革の議論の焦点になっています。
しかし、実際には多くの課題にも直面しています。急速な市場のグローバル化とそれによる農産物価格の下落、資材価格の高騰、それによる経営難と離農、高齢化(日本が最も顕著に進んでいる)、過疎化、気候変動、災害、土地収奪、種子の囲い込みなどの問題があります。
こうした課題に直面する中で、小規模・家族農業がなくなってしまえば、どのような社会的影響があるのでしょうか。食料安全保障や食料主権の脆弱化、国土管理や資源管理、環境保全、地方経済・コミュニティの衰退、ひいては社会全体の不安定化につながるのではないでしょうか。
こうしたことから国際家族農業年ができ、さらに広めていこうという動きにつながっています。今、小規模・家族農業の役割と可能性を再評価し、各国で支援体制を強化することが急務となっています。日本ではあまり報道されませんが、国連の中では、FAO、IFAD、UNCTAD、CFSなど、様々な国際機関が「これから支援すべきは小規模・家族農業である」として、次々と報告書を出したり、国際会議を開催したりということが2010年ぐらいから続いています。「持続可能な開発目標(SDGs)」のアジェンダの中でも、家族農業が重要であると位置づけられています。
「国際家族農業年+10」は、2014年にブラジリア・マニフェストの中で宣言され、「各国が家族農業による地域食料生産を発展させる権利を有している」ということも宣言されています。その権利を守るような国内、地域内の政策を整備していかなければなりません。
他の国々の動きを見てみましょう。2013年9月にEU加盟国の農相らによる非公式会合で「家族農業はEU農業のモデルの基礎である」という声明が出されました。2014年には家族農業に関する国際会議がアフリカ、アジア太平洋、ラテンアメリカ、中近東、欧州、北米、つまりほとんどすべての国・地域で開催されました。そして先進各国でも家族農業の支援体制が進んでいます。小規模・家族農業は発展途上国だけの問題だと思う方もいるようですが、そのようなことはなく、アメリカでも国際家族農業年の時に全国委員会(ナショナル・コミッティー)ができています。フランスは「家族農業を支援するパリ宣言」を出しました。スペインでも全国委員会が設置され、「家族農業法」を制定する動きや、家族農業の支援をEUの共通農業政策に組み込むよう求める動きが出ています。
また、「小規模・家族農業」と同様に近年になって国連の文書によく登場するようになったのが「アグロエコロジー」です。世界的な農民運動団体「ヴィア・キャンペシーナ(Via Campesina)」とFAOが提携し、国連もアグロエコロジーを推進しています。他にもフランスでは「農業・食料・森林未来法」(2014年)ができ、その中でアグロエコロジーの推進を謳っています。2015年にはマリ共和国で「国際アグロエコロジーフォーラム」が開催され、同年、日本でも「アグロエコロジー会議」が開かれました。現在、ラテンアメリカ、アジア、アフリカなどの途上国に加え、イギリスやフランス、アメリカでもアグロエコロジーを推進する機運が高まっています。
もう一つ、関連する動きとして「小農民と農村で働く人々の権利宣言」が国連の人権委員会のワーキンググループで議論されています。これはヴィア・キャンペシーナが2009年に出した「農民の権利宣言」をさらに発展させて、国連で正式な形にしようという動きです。まだ議論は続いていて、日本は棄権したり反対する側に回っていますが、全体的な流れとしては承認されていく方向になると思われます。
このように、世界では小規模・家族農業やアグロエコロジー、小農民と農村で働く人々の権利宣言など新しい動きが出ていますが、翻って日本で今起きているのは、農業改革、農協改革、農政改革の中で、輸出を強化していき、それによって農村所得を倍増させていくというような新自由主義的な政策が目立っています。TPP11や日欧EPAなどで貿易自由化を進めながら、一方で地方創生、農村所得倍増と言っています。岩盤規制改革、農協改革、卸売市場法の再検討なども進んでいます。こうして見ると、日本の流れは世界の潮流に明らかに逆行しているように見えてきます。
このような中で、私たちがそれぞれの立場で何ができるのでしょうか。世界的に見ると、日本の農業や食に対する取り組みは、むしろ世界のお手本になってきた事例がたくさんあります。例えば産消提携や有機農業、自然農業、里山保全のあり方、もったいないの精神などは世界的に認知されてきました。日本はそうした分野で世界をリードすることができるのではないでしょうか。
政府の役割としては、小規模・家族農業とアグロエコロジーを支援し、制度化し、予算をつけて全国委員会を設置し、多様なステークホルダーから意見を聞いていくことが必要だと思います。研究機関も、小規模・家族農業の実用的技術や経営手法を研究したり、アグロエコロジーの研究・普及をしたり、生産者や生産者組織は国内の運動、世界の運動との連帯、交流、実践をしていくことができます。消費者は毎日3回の食事を通じて、持続可能な食と農のあり方に1票を投じることができます。これはまさにアグロエコロジー的発想であり、今日からできることがたくさんあるのではないでしょうか。
その一つになればという願いを込め、ぜひSFFNJの活動の賛同者になって頂ければと思います。SFFNJは、日本および世界で小規模・家族農業の役割と可能性を再評価し、農業・食料政策の中心に位置づけることを求める個人・団体のネットワークです。情報交換のプラットフォームとしても機能していけたらと考えています。「国際家族農業年+10」のキャンペーンを応援していきます。活動趣旨に賛同していただける個人・団体を募集しています。
今後の活動としては、ホームーページやSNS、メールマガジンを使って、イベント情報の共有をしていきたいと思います。2018年度はPARC自由学校(主催:アジア太平洋資料センター)のアグロエコロジーと小規模・家族農業に関する連続講座でコーディネーターと講師をする予定です。その他にも、ホームページ上で映画・教材の提供、各地の学習会・イベントへの講師の派遣をしていく予定です。
フランスでドキュメンタリー映画「Those Who Sow=種をまく人々」(原題)が制作され、世界各地の小規模・家族農業の実態が分かりやすく描かれています。映画はフランスで農業を学ぶ学生グループ「アグロサッカド」が制作、ピエール・フロマンタンさんが監督を務めています。したもので、ピエール・マリー・ボスクさんや彼の仲間が助言をしています。資金はFAO、IFAD、UNESCO等が提供しました。インド、フランス、カメルーン、エクアドル、カナダが登場し、家族農業の多様性がうまくまとめられています。アグロエコロジーや家族農業と企業的農業の対立軸などもカバーしており、世界の新たな潮流が今どこへ向かおうとしているのか、知ることができるでしょう。社会的テーマを扱っているものの、映像も大変美しく、国々の文化・音楽なども楽しんでいただけます。
私たちSFFNJでは、この映画に「未来を耕す人びと」という邦題を付け、字幕の編集を行いました。映画はクリエイティブ・コモンズ・ライセンスに基づき、小規模・家族農業について広める目的であれば、誰でもウェブから自由に視聴・上映することができます。ぜひ映画をご覧になって、小規模・家族農業のことについて、理解を深めながら、広めていって頂ければと思います。
※1:2017年12月20日、国連加盟国104か国が共同提案国となり、国連総会の本会議で全会一致で可決・成立した。
※2:2018年2月8日現在、3団体、110個人が賛同。